2009年9月アーカイブ

マイカル.JPG

 今週月曜日、横浜市都筑区の「港北ニュータウン ワーナー・マイカル・シネマズ」(上写真は今年8月撮影)で、実際に劇場で上映して、映像や音響のチェックをする最終試写が行われました。予告編を除くと、シアターでの試写は、初めてですが、映像はもちろん音楽の迫力は満点です。まさに「深海に包まれる」感じです。

 

 せっかくの試写ですので、日本の海洋研究のメッカ、「しんかい6500」で知られる横須賀の海洋研究開発機構(JAMSTEC ジャムステック)の皆さんにも見ていただきました。先日のTBSテレビの「深海特番」で、「しんかい6500」を操縦していたパイロットの方を含む十数人が参加。「照明等が進んでいる。すばらしい映像だ。」「映像面でもウッズホールと協力したい。」と、大変、好意的な反応を頂きました。ウッズホール海洋研とは、広範囲に、何かと協力関係にありますからね。

tw.JPG 1979年、メキシコ沖でアルビン号が水温380度の熱水噴出孔を見つけた際、その周辺に旺盛な生命活動を発見した。その中心にあったのが極彩色の巨大なチューブワーム。大きなものは全長2m、管の太さが直径10cmのものもあった。

 チューブワームの存在は、底引き網漁船が、網にチューブワームを引っ掛け、知られていた。しかし、海底で生息しているところを目視で確認したのは、アルビン号が初めてである。ウッズホールで、初めてチューブワームの群生の映像を、見せられたとき、これぞ、まさに、「深海の楽園」だと驚嘆した。

 白い管(チューブ)から、羽根飾りのような真っ赤なエラがのぞいている。エラが赤いのは、その中に、人間の赤血球にあるようなヘモグロビンが入っているからだ。チューブワームのヘモグロビンは、酸素と結合するだけではなく、驚くべきことに、熱水中の猛毒、硫化水素と結合して無毒化することができる。言ってみれば、スーパーヘモグロビンである。

 エラは管の中の本体につながっているが、この結合部分を長さ数センチの筋肉が覆っている。筋肉は、左右に開くことができ、これが羽織に似ていることから、和名では「ハオリムシ」と呼ばれる。

 白い管は、たんぱく質とカニの甲羅のようなキチン質でできていて、カバンの皮のような硬さがある。管の中にはソーセージのような本体があり、その中に、バクテリアが共生している。バクテリアは、チューブワームの重さの60%から90%に達する。バクテリアは硫化水素からエネルギーを作り出し、チューブワームに渡している。管の中に住むお返しに家賃を払っているようなものだ。

 チューブワームは、本映画の核心である。チューブワームの群生を、2Dで見ると気がつかないが、3Dで見ると、管の間におびただしい生き物が重なり合ってコロニーを形成していることが良く分かる。

深海操縦.JPG  アルビン号の操縦をするには、特別の資格が必要。その資格を持った人は、「ライトスタッフ」と呼ばれる。宇宙飛行士と同じ呼称だ。資格の名称は、「深海艇操縦士」、米海軍の正式な資格である。アルビン号に特有な資格ではなく、有人深海艇ばかりでなく、無人の深海探査機を操縦する免許でもある。この資格は、数十人しか持っていない。エリートである。右写真は海軍の「深海操縦士」のピン(徽章)。これがないと単独でアルビン号を操船できない。

 アルビン号は、米海軍の所属だが、運用は全面的にウッズホール海洋研究所に委託されている。全面委託とはいえ、国の艦艇を預ける以上、実際に運航する人は、知識、技量等、海軍の条件に適わなければならないというわけだ。

 深海パイロットになった人たちの職業的なバックグラウンドを見ると、工学系の職歴の人が目立つ。深海艇のメカニズムは、複雑で、潜航中に非常事態が起きた時、パイロットは独りで対処しなければならない。パイロットはアルビン号の制御系の仕組み、ケーブルの配線路など、どこをいじったら、結果がどうなるかを知っていなければならない。

 深海パイロットの訓練プログラムは、基本的には実地で行われる。期間は定めがないようだが、1年半程度か?アルビン号の保守点検作業はもちろん、母船からアルビン号を海面に降ろすAフレームの操作、ありとあらゆることを覚えなければならない。1年のうち8ヶ月は海上で過ごすことになる。ここで脱落する応募者が多いようだ。下働き段階で適性があると見られると、訓練操縦士(PIT=Pilot-in-training)となる。アルビン号には、シミュレーション設備がないから、PITとして、十数回の実地潜航を行う。もちろん正規のパイロットが同乗する。

 この間、いくつかの口頭試問がある。科学者グループ、アルビン号パイロットグループ、アルビン号の技術者グループによる「フライパンの上で焼かれるような」厳しい関門が何回も待ちかまえている。

 最後は、サンディエゴの米海軍潜水艦部隊司令部のあるサンディエゴで、海軍提督や潜水艦長らを前にしての口頭試問である。合格すると晴れてアルビン号のパイロットとなる。

ブラックスモーカー.JPG 熱水噴出孔、つまり深海底で熱水が噴き出す場所(=海底火山の噴火口)は、本作品の肝にあたる重要なキーワードだ。深海では、この熱水噴出孔が、地表や浅い海で生命を支える「太陽」に代わる生命システムの中心だからである。

 大戦後、間もない1946年、紅海で水温が高い場所が見つかり、有機物による温度上昇の可能性がなかったことから、海底火山の存在が推定されていた。アルビン号の功績として真っ先に挙げられるのは、海底の熱水噴出孔の目視確認(=発見)だろう。

 1977年、アルビン号は、海底地質学者を乗せ、東太平洋のガラパゴス海嶺(かいれい=海底山脈)で海底の水温を調査していたところ、深海底で熱水が噴き出す場所を目視で確認した。アポロ11号の月着陸が1969年、それから実に8年も経っていた。人類の目は、古代から宇宙に注がれていたが、足元の海、とりわけ深海の探査はそれほど進んでいなかった証しですね。

 アルビン号が水深2500mのガラパゴス海嶺(Lift)のさけ目(Rift)で見つけた熱水噴出孔は、2年前から同深海で存在の可能性が指摘されていた。「熱水」と言っても、温度は17度。高温では無かったが、明らかにまわりの水温より十数度高かった。その2年後、メキシコ沖で本映画の現場近く(かなり離れているが)の海域、水深2600mで、水温380度という熱水噴出孔を見つけた。380度というと、沸点をはるかに超えている。深海の猛烈な水圧が、沸点を上げているのだ。

alvin_exhibit 02.JPG アルビン号の深海探検で忘れてはならないのは、アルビン号の母船「アトランティス2世号」。2世号という名は、1930年代から60年代にかけて深海探査船として活躍した米のアトランティス号にちなんで付けられたためだそうだ。

 アトランティス2世号は、映画の中で、オープニング・タイトル直後の2カット目から4カット目に映るだけだ。全長83m、重さ(総トン数)3200トン、巡航速度は11ノット、研究者24人を含めて60人が乗り込める。船尾にはAフレームと呼ばれるクレーンがついていて、船内に格納されたアルビン号を吊り上げて、海面に下ろす。

 アトランティス号の重要な役割は、アルビン号を海上から誘導することにある。精密な海底地形図を作成する装置を積んでおり、GPSなどと組み合わせて、アルビン号に正確な位置と進路を指示する。また、船内には研究室があり、研究者は、アルビン号が収集したデータや採取した生物、岩石を分析、保存したりすることができる。

アルビン号が建造された当時、母船を務めたのは、海軍の掃海艇を改良したカタマラン(双胴)型の「ルル号」だった。相棒の佐藤は、ルルが母船の当時、番組取材で乗ったが、双胴船は、全方位に揺れがひどく、激しい船酔いに悩まされたそうだ。

 

                                wh_lighthouse.JPG    アルビン号が所属する海洋研究所があるウッズホールってどこ?というのが、今回のテーマです。アメリカ東海岸のマサチューセッツ州の大西洋岸にケープコッドという半島があります。その最南端にウッズホール(Woodshole)があります。Google Mapで確かめて下さい。

 ゴールデンウィーク期間中、研究所へ交渉に行った際、めぐり合ったのが、この灯台。滞在中、ずーっと雨だったのですが、この写真を撮った刹那、青空が広がりました。灯台は1829年に、木造の水先案内役としてウッズホール港の入り口に建造され、1876年に現在の灯台に建て替えられました。

 そばの海岸べりの眺望所には、9・11の犠牲者を悼む碑がありました。生前、この地を好んだ故人に捧げられたものなのでしょう。ウッズホールの人々にとっても、心安らぐ場所なのですね。

 ウッズホールは、19世紀初めから、捕鯨の基地として栄えました。海洋研究所は、捕鯨船の造船所の跡地に設立されたものだそうです。そもそも、ウッズホールは、アフリカの最南端、喜望峰を発見したポルトガル人バーソロミューが、1602年、初めて、アメリカの地を踏んだのがこの地だといわれています。英のピルグリムがメイフラワー号で、ウッズホールに近いプリマスに上陸する18年前のことでした。1860年ごろからは、貿易港として栄えます。間もなく、ニューヨークと鉄道で結ばれた頃から、富豪の別荘が建ち並ぶ風光明媚なリゾート地として、有名になりました。

 今では、海洋研究所の所在地として名を知られています。前の天皇陛下が1975年秋の訪米の際に、この研究所を訪問されたことで、日本でも一躍、知られるようになりました。最近では、ノーベル化学賞を受賞した下村 脩(おさむ)さんが、海洋研究所の隣にあるウッズホール海洋生物学研究所に在籍したことで話題になりましたね。

 訪問したくなるかもしれませんが、観光地ではないので、見るものがなくがっかりするかもしれません。

アルビン号.JPG  アルビン号を擬人化して第一人称にしようというのは、映画製作のかなり早い段階で決まっていた。「ボク=アルビン」が、深海を案内するのだ。

 アルビン号をヒーローと決めたは良いが、名前の由来ぐらいは、知らなければならない。アルビンの名前そのものは、男の子のファーストネームとして米、英、ドイツ、ハンガリーなどで広く使われている。潜水艇にこの名をつけた理由について、いろいろ調べたが、諸説があった。

 最も有力なのは、1964年のアルビン号建造に当たって、功績のあったウッズホール海洋研究所のアリン・バイン(Allyn Vine)にちなんだもの。アリン・バインの母親の名「ルル」がアルビン号の初代の母船の名前だったことも、この説の有力さを裏付ける。もう一つは、当時、流行っていた漫画の主人公でシマリス3兄弟の一匹アルビン。いたずら好きなシマリスだ。

 海洋研究所では、前説を取っているが、後説も否定している訳ではない。アルビン号の最初の姿が、確かにシマリスを連想させる。研究所の人たちと話していても、アルビンという名前には、愛着や親しみを感じているようで、その背景に、シマリス・アルビンのイメージと重ね合わせてしまう心情があるに違いない。名前の由来は、両方ミックスということにしておこう。

 私のイメージは、「好奇心旺盛なアルビン坊や」だ。ただ、ナレ録りの時点では、建造から45年で、「坊や」もないから、「若いが、年齢不詳」とした。シマリスみたいなアルビンのいたずら好きは、映画の中でも発揮される。お楽しみに。

映画「アルビン号の深海探検3D」の製作完了!やっとできた。
いよいよ、愛する深海の生き物たちの出番です。

映画をご覧になれば「海は生命のゆりかご」と呼ばれるゆえんが分かると思います。

映画の公式サイトを立ち上げるに当たって、せっかくだからブログもオープンしようと提案。オープンする段になって、誰が書くのだ!という当たり前のハードルに突き当たった。たいていの映画は、スタッフ・ブログだが、わが制作グループは、監督2人だけ。お互いに「そもそも、監督されるスタッフがいないのに、監督とは?」と自嘲気味のジョークを言い合ってきた。従って、このブログは、「監督」ブログである。そして、かつて記者だった私が、結局、ブログ担当である。

映画のこぼれ話や深海をめぐる話題を皆さんと共有できるのは、大いに楽しみ。
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プロフィール

 
自称「国際紛争記者」。イランイラク戦争に始まり、ユーゴスラビア紛争・サラエボ包囲網、湾岸戦争と、臨んだ現場は、枚挙に暇がない。現役記者引退後は、ネット事業に取り組んだが、なぜか、今、3Dにはまっている。
アルビン号の深海探検 公式ホームページ